2007年、トニー賞の主演女優賞、助演女優賞、衣装賞の3部門を獲ったブロードウェイ・ミュージカルが日本版で上演されることになり、巷で話題を呼んでいます。
鬼気迫る役柄をやらせたら日本一(北島マヤを演じられるのはこの人だけ)な女優、大竹しのぶ。その大竹しのぶが、本領を発揮し、狂気すら感じさせる演技を見せてくれる、しかも、歌まで歌ってくれる(ミュージカルなのです)、スゴい舞台です。草笛光子も素敵ですし、宮本亜門のさすがの演出も光っているのですが、やはりこれは、大竹しのぶありきの舞台です。目が釘付けです。興奮します。スタンディング・オベーションしたくなります。
初演の舞台を観てきましたので、さっそくレポートをお届けしたいと思います。
この舞台は、少しばかり予備知識があったほうが、より楽しめると思います。アメリカでは常識でも、僕らにはわからない事柄というものがあるからです。そうした部分の解説をしつつ、見所をご紹介したいと思います。
第一幕
まず、主人公であるイディスとイディは、あのケネディ大統領と結婚したジャクリーン(ケネディが暗殺された後、大富豪オナシスと再婚)を輩出した上流階級ブーヴィエ家の母娘です。イディスがジャクリーンの叔母で、イディは従姉妹にあたります。
ニューヨーク州ロングアイランドにある大邸宅グレイ・ガーデンズが舞台です。第一幕は、イディの婚約祝いのパーティの日。彼女の人生の絶頂です。元歌手だったイディスは、自分のために作曲までしてくれるお抱えの音楽家グールドを家に住まわせるという、贅沢な生活をしています(まるでモーツァルトの時代の王族か貴族のよう)。グールドのピアノに合わせて彼女が歌う場面には、ちょっとした隠し味が施されています。彼女がパーティの準備にパンジーが必要だと聞いて、グールドに「あなたのことじゃないのよ」と言うのです。パンジーとは、ゲイを意味する隠語でした。たぶんほとんどの観客はこの作曲家とイディスが愛人関係にあるのでは?と思いながら舞台を観ているはずですが、わかる人にはそうではないことがわかるのです。
母イディスは自己顕示欲が強い性格で、何かパーティがあるとでしゃばって歌を披露しようとします。娘イディはそれがイヤで、自分の婚約祝いでは歌わないようにとケンカをします。が、父親(イディスの夫)にたしなめられると、今度は母をなぐさめ、1曲だけ歌って、と言うのです。母と娘の、この愛憎半ばするような、複雑だけど強い感情で結ばれた関係は、後々まで続いていきます。
第二幕
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イメージ(ブロードウェイ版) 32年後のグレイ・ガーデンズ。没落し、ジャクリーンに頼ることも拒絶した母娘は、ゴミ屋敷と呼ばれ、保健所が「人間が住める環境ではない」と立ち退きを命じるくらい、朽ち果て、異臭を放つ屋敷に52匹の猫とともに住み続けています(『嫌われ松子の一生』の最後の部屋を思い出させます)
56歳になり、髪が薄くなったイディ(大竹しのぶ)は、常にスカーフを頭に巻き、スカートを上下逆にはき、「ある物で工夫した」ファッションで過ごしています。思わず笑ってしまうようなキテレツな格好でなのですが、なんとこのスタイル、後にジョン・ガリアーノはじめ多くのファッション関係者に「新しい」と評価され、有名になったのだそうです。そんな格好で、マーチに合わせて歌ったり踊ったりする姿は、ある意味キャンプ! ドラァグクイーン・ショーに通じる楽しさです。
80歳近くなったイディス(草笛光子)は、体の自由もきかないため、娘の手助けなしには生活できません。それでも、栄華を極めていた頃、お抱えの作曲家に作らせた歌を歌い、プライドを失わずに生きています。
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イメージ(ブロードウェイ版) 二人は、いつ死んでもおかしくないような荒んだ環境であるにも関わらず、歌い、踊り、ショービジネスへの夢を失わず(驚きです)、猫とともに奇妙に明るく生きています。スポットライトを浴びることこそ人生!という生き様は、僕らが強く共感するところです。(「はみだし者」という意味でも…亜門さんはさすが、その辺りを本当に素晴らしく演出しています)
そして、二人は毎日、罵り合いながら暮らしています。「アタシの結婚を台無しにした」となじる娘に、母は「あんな家に嫁に行かなくてよかったんだ」と言います。しかし、母は娘なしには生きていけないし、娘は、家を出て自由になることを夢見ながらも、自分がいなければ母が生きていけないことをよくわかっていて、離れられず…そうして、精神を病んでいくのです。
この母娘の姿が予想外に自分の経験とシンクロし、心を揺さぶられる人は多いと思います。今までに自分の身近で起こってきたこと、あるいは自分自身が経験してきたことを思い起こさせ、汗がじっとりにじみ、背筋が寒くなり、眠っていた何かを叩き起こします。それがどんなにゆがみ、病んでいるものに見えたとしても、二人にとっては、まぎれもなく愛なのです。
『斜陽』のような没落貴族のお話かと思いきや、いやはや、とんでもなく深い、凄まじい作品でした。心の闇…その深淵を覗いてしまったことのある方、生育歴に起因する人格のゆがみについて関心のある方、心の病(あるいは人格のゆがみ)を抱えた人を愛した経験のある方、ぜひ観てください。きっと癒されると思います。
こんなスゴイ舞台、めったに観られるものではありません。
<ストーリー>
1941年7月。ニューヨーク州ロングアイランドにある美しき大邸宅グレイ・ガーデンズには、セレブが集っていた。ブーヴィエ家の娘イディと婚約者ジョセフ(J.F.ケネディの兄)の婚約祝いパーティの準備が進んでいる。かつて歌手であった母イディスは、すきあらば歌を披露したがるが、娘はそんな母を恥ずかしく思い、今日のパーティでは歌ってほしくないと口論になる。イディスの父(イディの祖父)・ブーヴィエ少佐は、イディスの派手好きな性格に愛想が尽きており、孫娘のイディに一族の最後の望みを託している。厳格な父にたしなめられ、酒に酔ったイディスは、娘の婚約者をつかまえてイディの奔放さを告げ口する。そこに、ニューヨークで働くイディスの夫(イディの父)から電報が届く…
32年後の1973年。荒廃したグレイ・ガーデンズに、母娘は未だに住んでいる。娘イディは独り身のまま。母イー ディスは寝たきり状態。イディはいつかグレイ・ガーデンズを出て母から自由になることを夢見ている。自分の幸福な未来を閉ざした母に憎しみすら覚えている。母との決定的な口論で逆上したイディはついに家を出る決意をするが…
グレイ・ガーデンズ
日程:11月7日~12月6日
会場:シアタークリエ
原作:デイヴィット・メイスルズ、アルバート・メイスルズ、エレン・ホヴデ、マフィー・メイヤー、スーザン・フロムケによる映画「グレイ・ガーデンズ」
台本:ダグ・ライト
音楽:スコット・フランケル
作詞:マイケル・コリー
演出:宮本亜門
出演:大竹しのぶ、彩乃かなみ、川久保拓司、吉野圭吾、光枝明彦、草笛光子他
チケットはこちら
(残席僅かだそうですのでお早めに。できれば右寄りの席を取ることをオススメします)