映画『ミルク』をご覧になり、感動を覚えた方に、パンフレット代わりにぜひ買っていただきたいのが、この本です。100枚にのぼる記録写真、インタビュー、希望のスピーチ全文、そして映画のメイキングが収録されていて、ミルクの生きた時代のことや、映画の舞台裏の感動などが、生き生きと伝わってきます。
オビには、『ぐるりのこと。』の橋口監督の推薦文が寄せられています。「世界は変えられない。無力な思いに膝を折るとき、ミルクの生きた時間にふれてみるといい。希望を掴み取る腕力がよみがえるはずだ。」本当にその通りだと思います。自身も重いうつで苦しんだ橋口さんだからこその説得力で、胸にしみると同時に、力をくれるような言葉です。
作家アーミステッド・モーピン(ミルクと同世代の友人)が「序文」を書いています。
とても印象的だったエピソードは、ミルクが亡くなる直前の恋人、スティーブのお話です。パーティで「バットマン」のロビンに扮したスディーブに、市政執行委員は「僕の背中に乗っておくれ、天才少年くん。ゴッサム・シティまでいっしょに飛んでいこう」と口説いたそうです。ミルクが亡くなった日、失意のうちに家に帰ると、ミルクから「今夜会わないか」と電話があったと、ルームメイトのメモが置いてあったそうです…。オペラハウスでの追悼式に出席させてもらったスティーブは、アーミステッド・モーピンの隣でずっと泣いていて、彼はスティーブの手をずっと握って、支えてあげていたそうです。
続いて、オスカー受賞式で全米のゲイの若者に向けて「君たちは美しい、価値ある人間なんだよ」と感動のスピーチをした脚本家のダスティン・ランス・ブラックが、「まえがき」を書いています。
保守的なテキサスの、モルモン教徒(最も過激に同性愛をバッシングしています)の家に生まれたブラックは、若い頃、絶望の淵にいました。が、たまたま、ミルクの録音演説を聞き、これは自分へのメッセージだと、初めて自分をありのままで肯定してくれる人に出会ったと感動し、暗闇の中で初めて希望を見出したんだそうです。
そこから「政治論争のゲームの駒」となった彼は、2004年、ブッシュ再選に恐怖を覚えつつ、ミルクの物語をめぐる旅に出て、4年半かけてインタビューや資料集めを行い、脚本を書き上げていきました。
様々な経験を経て、ブラックはこう語ります。「今や、現在のGLBT指導者たちは、ゲイやレズビアンに誇りを持って自己表現するよう働きかけず、ストレートの支持者に向かってゲイコミュニティのために立ちあがってくれと訴えている。同性愛者の権利を求める運動は、再びクローゼットに閉じ込められ、ハーヴィーが残したメッセージは失われたのだ」。そして、提案8号が可決された晩に起きた奇蹟…ミルクが亡くなった晩のような…が感動を呼びます。
「part1:インタビューと写真で見るハーヴィー・ミルクの生涯」では、本当にたくさんの写真とインタビュー、ミルクの演説原稿の原文などが掲載され、ミルクが生きて活躍した時代を知ることができる貴重な資料になっています。
意外とマッチョだった若い頃(周りにはゲイだとは言ってなかった頃)から、スコット・スミスという美しい恋人とサンフランシスコに移り住んでからのしあわせな生活、政治家として目覚め、活動を展開していく頃…と、時代を追ってハーヴィー・ミルクの人物像が浮き彫りにされていきます。カストロのゲイたちのライフスタイル、SEXYな写真(「ヴィレッジ・ピープル」がパロディにしたような、あるいはトム・オブ・フィンランドの作品に出てきそうな、マッチョでハードなゲイたちも登場しています)も観ることができます。
「part2:映画『ミルク』メイキング」は、映画の中の写真と、映画の撮影風景、撮影に関わった人たちの声などによって構成され、この記念碑的な映画がどうやってできていったのか(メイキング)が、生き生きと伝えられています。
たとえば、見事に再現された「カストロカメラ」を見て当時を知る人たちが感涙したこと、観光客がまちがってフィルムを買いに来たこと、ミルクに生き写しだったショーン・ペンの奇蹟的な素晴らしさ、ダン・ホワイトに扮したジョシュ・ブローリンが横を通ったときにクリーブ・ジョーンズが感じた戦慄…など、舞台裏で起こった様々な出来事を、とても興味深く知ることができます。
ミルクの時代から映画『ミルク』上映に至るまでの年表のあと、最後に、この本を監修した伏見憲明さんが、ミルクを今の日本のゲイの状況へとつないでくれるような「あとがき」で、この本を締めてくれています。
当時のアメリカの状況は、徹底的にゲイであることを隠して生きるか社会的な死か、の二者択一でしかないような抑圧にあった、「ゲイとして闘うか否か」の選択しか存在しなかった。そのように語り継ぐことでしか、命を落としたミルクや、力を尽くして傷ついていった者たちの思いを伝えることはできない。肝要なのは、想像力を持って、その時代の限界に思いを馳せること。そのとき初めて、私たちは自分を歴史のリアリティに接続することができる。
といった内容です。当時のアメリカに比べるとはるかにゆるい状況にある今の日本のゲイたちにとって、ミルクのひたむきさや激しさは、ともするとピンとこないものにぼやけてしまう…伏見さんは実に適確に、この本の意義を僕らに届けてくれていると思います。
意外にも、日本ではミルクに関する書籍はほとんど出版されていないため、この本がきっと、決定版になることでしょう。一家に一冊、ぜひ、お買い求めください。そして、ゲイのことに限らず、生きていくうえで何か途轍もない困難にぶち当たったとき、心折れてしまいそうになったとき、どうぞこの本を開いてください。そして、決して特別ではない、僕らと同じ一人のゲイの生き様に思いを馳せ、「希望を掴み取る腕力」を、取り戻してみてください。
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『MILK 写真で見るハーヴィー・ミルクの生涯』
監修:伏見憲明/訳:安齋奈津子/A4変形/136ページ/ISBN:9784904249062/1,995円(税込)
http://www.ac-books.com/milk.html