『二人で生きる技術─幸せになるためのパートナーシップ』は、二丁目で27年ゲイバー(『タックスノット』)を続けてきた大塚隆史(タック)さんが、自らのおつきあいの経験(ヒストリー)を縦糸に、そこから得られたパートナーシップについての「思い」や「技術」を横糸にして綴られた本です。
巷にあふれる本や漫画、映画、TVドラマなどは、男女の恋愛や結婚、ホームドラマがほとんどで、二人がずっとパートナーシップを続けていくことの関係性、大変だけどそれを乗り越えたところにあるヨロコビは、なぜかほとんど描かれていないように思います。それは、パートナーシップというものが、恋愛や結婚というロマンチックなドラマ(魔法の時間)が冷めてしまった後のまったりとした「日常」、しんどくて強い意志が必要な「現実」だからなのでしょう。
パートナーシップを続けていくことの本質は、ゲイでもノンケでも同じことです。そういう意味で、もしかしたら初めての本格的なパートナーシップ論(道、という言い方がふさわしい)かもしれないこの本は、ゲイだけでなく誰でもが自分のこととして読める本であり、「今つきあってる人とずっと関係を続けていきたいけど、どうにもうまくいかない」「何度もおつきあいに失敗していて、自分には向いてないのかもしれないとあきらめかけている」というような人にとって、最強の「パートナー」になるはずです。(後藤純一)
タックさんはこの本で、世が世ならとてもじゃないけど発表できないようなヘビーな経験も、自らの弱みとも受け取られそうなことも、ありのままに書いています。タックさんを知らない人は、きっとかなり驚くでしょうし、同時にその正直さと誠実さに感銘を受け、信用できる人だと感じることでしょう。タックさんを聖人君主のように崇める人がいるとすれば、なんだ、僕と同じじゃないか、と安心することでしょう。
僕自身は、そんなタックさん自身の経験、おつきあいのヒストリーを知ることができて、まるで親しい友人から長々と手紙を受け取った時のような気持ちになりました(知らないことが山ほど書いてあったのです)。あのタックさんにこんな面があったのか、こんなすごい経験をしてきたのか、と。エキサイティングでもありましたし、涙も流し、共感を覚えました。パートナーがインランちゃんからカズさんに代わるあたりのお話はとても他人事とは思えないせつなさでしたし、カズさんに一度でいいからお会いしたかったなあと、しみじみ思いました(僕が初めてタックさんにお会いしたとき、横にいたのはゲンちゃんだったのです)
僕はまだ学生の頃からタックさんにお会いしていて、仕事でもプライベートでも、本当にいろんなところでお世話になってきました。ゲイ雑誌『バディ』の編集をしていた頃は、毎月ゲイカップルが登場する『やっぱり(はあと)ふたり』『アイノカタチ』といった連載を担当させていただいて、そのパートナーシップへの思い、情熱をビシビシと感じていました。
まだ若くて恋多きゲイだった(そしてインランだった)僕は、正直、「どうしてタックさんは色恋の楽しさよりも、パートナーシップのしんどさの方をわざわざ選ぶんだろう?」と感じていた部分もありました。もしその頃にこの本があったら、何も言わず、「大塚道場」の門下生になっていた気がします。
タックさんの「パートナーシップがほしい」という思いは、その生い立ちや時代背景とも関連して、一種、鬼気迫るほどの切実さがありました。
今を生きる僕らには、そこまでの気合いは必要ないでしょう。なんとなく好きになった人と運よく結ばれたり、あるいは(僕のように)「ハッテン」からおつきあいに発展することもあるでしょう。でも、2年経ち、3年経ち、二人の間にセックスがなくなった頃、それでもずっとつきあいを続けていくためにがんばれるかというと…挫折する人が多いのが実情だと思います。
タックさんが書いているように、「お姫様がある日、王子様と出会い、末永く幸せに暮らしました」というおとぎ話は、僕らの多くが心に思い描く「夢」だと思います。が、ゲイが世間の偏見に負けずにおつきあいすることの困難と、一人の人と向き合ってずっと関係を続けていくことの困難の前に、まさに「夢物語」となることがあまりにも多いのです。ゲイに限らず、ロマンチックな恋愛のテンションをそのままお墓まで続けるなんて無理です。どこかでペースダウンして、踏ん張り時があって…そして、離婚することだって十分ありえるのです。
だからこそ、恋愛が終わった後の状態を「パートナーシップ」(あるいは「トゥマン」)と区別して呼び、覚悟を決めて向き合わないといけないし、そこに「技術」を召還することにもなるのです。「夢」を「現実」にするために。
僕はタックさんの説くパートナーシップ論を、「幸せ」をリアルなものにするための技術論だと感じました。根っこは「幸せになりたい」という気持ちです。しかし、それをただじっと待っていたのでは「夢見るシャンソン人形」になってしまいますし、失敗してすぐにくじけてしまっては「幸せ」を現実のものにはできません。「愛があれば」「根性だ」的な精神論もあまり役には立ちません。じゃあ、どうしたらいいの?という話になります。そこでタックさんが「目的地を共有しておく」「意思を確認しておく」「現状を把握する」「技術によって関係を調整する」といった具体的で明晰な方法論を提示してくれたのです。
思い描く「幸せ」の形はそれぞれ少し違うでしょうが、「王子様といっしょに末永く幸せに暮らしたい」という気持ちは、きっと誰もが感じているものだと思います。
パートナーシップだけが人生のすべてではないし、必ずしもパートナーシップを持たない人が不幸だというわけでもありません(確固とした意志を持ってシングルライフを謳歌している方も多いでしょう)。が、もし「本当は人生を共にしてくれる相手がいればいいと思うけど、なかなかめぐりあえない」ということであれば、チャレンジしてみる価値はあると思うのです。
月並みですが、「人は独りでは生きられない」のですから。
パートナーと一生を共にしようとする「幸せなゲイ」の姿は、今、二丁目をはじめとしていろんな町でたくさん見ることができます。それは90年代以降のゲイムーブメントの成果でもあるのですが、やはり、タックさんたちが先頭を切って「幸せなゲイ」のロールモデルを見せてくれたことも大きいと思います。
タックさんたちは、まだ誰も(二丁目の中でさえ)男同士で幸せに暮らしていけるというビジョンを持っていなかった時代から、途轍もなく強い意志を持って、何度も壁にぶつかりながら、パートナーシップを希求してきました。たった独りで(本当は独りではなかったのですが)、エベレスト登頂にチャレンジする冒険家のように、民衆を導く自由の女神のように、ハーヴェイ・ミルクのように、手に松明を持ち、傷だらけになりながら、道なき道を切り開いてきた尊い姿が目に浮かびます。(マッキーの『足音』という歌を思い出します)
僕らは、すでに得られた「ベース」を当たり前のように享受していますが、昔は「ベース」などなかったのであり、誰かの格闘のおかげで実現してきたということを、つい忘れてしまいがちです。そんな、道なき道を切り開いてきた先人たちの血や汗や涙について知ること、伝えること、思いを馳せること、感謝することを、僕らはもっとしてもいいんじゃないかと思います。
そういう気持ちで、ここでお礼を言わせてください。「タックさん、本当にありがとうございます。タックさんのおかげで、僕は今、幸せです」

最後にご案内を。タックさんの本を読んで感銘を受けた、パートナーといっしょにタックさんに会ってみたいと思った、という方などはぜひ、バー『タックスノット』に出かけてみてください(タックさんには月、金、土曜日にお会いできます)。優しくて明るくて、本当に素敵な方ですよ。