かつて、キューバという国では、ゲイは強制収容所に入れられ、非人道的な迫害を受けていました。そうした地獄から彼らを救い出し、急激に同性愛者を社会に認めさせたのが、マリエラ・カストロ氏です。キューバのゲイ史とともに、彼女がいかに強力な支援を行い、ゲイの権利を勝ち取ってきたか、お伝えしたいと思います。

昨年、ロンドンのキューバ映画祭にゲストとして登場したマリエラ・カストロ氏
キューバの革命と言えばチェ・ゲバラを思い浮かべる方がほとんどでしょう。が、この国でもう1つの偉大な革命を成し遂げてきたのが、マリエラ・カストロ氏です。ラウル・カストロ国家評議会議長(国家元首)の娘であり、フィデル・カストロ前国家評議会議長(現共産党トップ、写真右)の姪にあたる人です。
彼女は、絶望的なまでに悲惨な状況にあったこの国のゲイたちを迫害から救い、自ら先頭に立ってゲイの権利獲得運動を率い、いくつもの重要な法制定を勝ち取ってきました。いわばゲイを率いる「自由の女神」です。
2001年に東京国際レズビアン&ゲイ映画祭でも上映された映画『猥褻行為~キューバ同性愛者強制収容所』や、その主人公レイナルド・アレナスの自伝『夜になるまえに』(これも映画化されています)には、いかにキューバという国が同性愛者を迫害してきたかが描かれています。
1960年代には、キューバでは、ゲイは「資本主義の過去から派生した病気」だとしてあからさまな侮蔑の対象にされていました。
1970年代には「男はマッチョたるべき」とする公教育政策の中で、ステレオタイプな男性役割を演じられない男子生徒は(実際の性的指向に関わらず)同性愛者として特殊学級に入れられ、戦争ごっこや男性的なスポーツを強制され、それでも「矯正」されない場合、擁護学校や再教育キャンプに収容されたと言われています(ほとんどファシズムです…)。成人しても、大学で教育を受けることができず、「イデオロギー的に逸脱した人」として雇用の機会も限られました(特定の職に就くことができませんでした)
1980年代、これらの政策は、教育行政の見直しの中で問題視されるようになり、ようやく撤廃されました。しかし、今度は、悪名高い、エイズ患者とHIV感染者の強制収容政策が開始されるのです。
1990年代半ば、限られた範囲で経済や社会の自由化が行われるようになったことに伴い、1994年にキューバのゲイにとって記念碑的な作品となっている映画 『苺とチョコレート』が公開され、新しい時代の幕開けを感じさせました。1997年、刑法が改正され、ようやく同性間の性行為が非犯罪化されました。
21世紀になって、キューバのゲイをとりまく状況は急速な変化を遂げました。
2005年には、国立性感染症・HIV/AIDS予防センターとキューバ国立映画芸術産業庁の共催で、「性の多様性」と題し、ゲイをテーマとした映画を上映するキューバ史上初の映画週間(ゲイ映画祭)が首都ハバナで催され、大きな関心を集めました。マリエラ・カストロ氏は「今こそ性の多様性について理解を広めるのに最適の時」と語っています。
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今ではゲイたちが堂々と公の場で
楽しむことができるようになり
ました そして、2006年には本国アメリカでさえ保守派に攻撃された(日本でもその写真集の輸入をめぐって裁判となった)ロバート・メイプルソープの写真展が開催されました。また、同じ年には、国営放送で、主人公が同性愛者であることに気づくというストーリーのテレビドラマ『La cara oculta de la luna(月の隠れた顔)』が放送され、議論を呼んだものの、国民にHIVのことを認知させたとして評価を受けるようになりました。また、同年、ロイターの記事でカストロ氏は、同性婚の合法化について大勢の人に尋ねられていると語り、こう答えています。「私たちが次に何を提案するかはわかりません。それは、同性愛者が必要としているものが何であるかの見極めにかかっています。キューバにおいて結婚は、他のカトリックが強力な国ほど重要ではありません。ここでは合意によるカップルの方が重要なのです」「結局のところ、愛の問題なのです」
2008年には、マリエラ・カストロ氏の4年間の尽力によって、性同一性障害の方が無料で手術を受ける権利が認められました。また、5月17日(IDAHOの日)には、ハバナでゲイの集会が開かれ(写真右)、参加者や市民への啓発活動や、HIV検査なども行なわれ、国営テレビで『ブロークバック・マウンテン』が放送されました。マリエラ・カストロ氏は「キューバのすべての男性と女性が、この件に関し初めて科学的見地から話し合える場となった」とコメント。6月14日には首都ハバナ郊外でゲイコミュニティのイベントが開催されたことがニュースになりました。
昨年5月17日には、ハバナでゲイプライドパレードが開催され(写真右)、コンガのリズムが市の中心部に響き渡りました。マリエラ・カストロ氏は「すべてのキューバ国民の、この運動への参加を求める」「人が必要とするものへの参加を通して、この革命は進化する」と語りました。
マリエラ・カストロ氏は数年前から、同性愛カップルに異性愛カップルと同じ権利を認める家族法修正の立法を唱えています。国会で同性婚の合法化すらも検討されはじめているのです。驚くほどの変わりようです。それは彼女の力あってこそのことなのです。
彼女がそこまでゲイのために活動してくれるのは、なぜなのでしょうか? 『週刊新潮』2009年6月4日号の「キューバ『カストロ議長の娘』が起こす『性転換』革命」という記事にはこう書かれています。
「同性愛者解放運動の中心人物は、ハバナ医科大学准教授のマリエラ・カストロ女史(46)。実は、彼女はラウル議長の娘で、フィデル氏の姪なのだ。」「性転換手術の合法化も、政府高官に太いパイプを持つ彼女がいればこそだった」「議長の妻も女性解放運動の活動家で、マリエラ女史は母親に影響されて運動に傾倒していった。因みに、彼女はバツイチ。現在は、イタリア人カメラマンと再婚し、3人の子供の母親。革命家の血は、間違いなく受け継がれている」
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モントリオールでの国際LGBT
人権会議で発言する
マリエラ・カストロ氏 もともと革命家の家に生まれた彼女の中には、社会正義というものに対する熱い血が流れています。母親が女性解放運動に奮闘していた姿に影響を受けた彼女は、女性の次に解放されるべきなのは同性愛者たちだ、と使命感に燃えたにちがいありません。
たまたま彼女が国家元首の娘として大きな力を持っていたということもあるでしょうが、それにしても、よくぞここまで…と、そのあまりにも強力なサポートに頭を下げたくなります。
きっと近い将来、キューバでも同性婚が実現する日が訪れると思います。その時は、またあらためてニュースをお伝えします。