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Special

レズビアンのテニス・プレーヤー、アメリ・モレスモ列伝

トップ・テニス・プレーヤーとして活躍しているフランスのアメリ・モレスモ選手のスゴさを紹介したいと思います

フランス・ガス・オープンで3度目の優勝を果たしたアメリ・モレスモ選手は、今から10年も前にカミングアウトしていて、周囲のプレッシャーにもめげずトップ・プレーヤーとして活躍してきたスーパースターです。弱冠29歳ながら、すでにして伝説とも言える域に達している彼女の素晴らしい経歴を特集してみたいと思います。

2月15日、テニスのフランス・ガス・オープンの女子シングルス決勝が行われ、地元が期待するアメリ・モレスモ(フランス)が、北京五輪金メダリストのエレーナ・デメンチェワ(ロシア)を下し、3年ぶりに大会3度目の優勝を飾りました。
おそらくテニスが好きな方はご存じだと思いますが、このアメリ・モレスモ選手は、今から10年も前にカミングアウトしていて、周囲のプレッシャーにもめげずトップ・プレーヤーとして活躍してきたスーパースターです。弱冠29歳ながら、すでにして伝説とも言える域に達している彼女の素晴らしい経歴について特集してみたいと思います。
きっと「こんなスゴイ人がいるんだ」と勇気づけられることでしょう。

 
 
 アメリ・モレスモは1979年7月(まだたったの29歳!)、フランスのサン=ジェルマン=アン=レー(パリ近郊の高級住宅地)に生まれました。
 これまでに、WTAのツアー(世界4大大会を含む)でシングルス24勝、ダブルス2勝を挙げ、パワーテニスの代表的な選手の一人と言われています。
 アメリ・モレスモは1999年の全豪オープンで世界ランキング29位のノーシードから決勝に勝ち進み、マルチナ・ヒンギスに敗れましたが、準優勝しました。決勝戦の直前、ヒンギスがモレスモの私生活を批判して「半分、男よ」とコメントしたことが、レズビアンであると知られるきっかけになったと言われています(Wikipediaにはそう書かれています)
 全豪準優勝後の彼女は、好不調の波はありながらも、2002年頃から世界ランキングトップ10に定着しています。
 2004年のアテネ五輪で女子シングルスの銀メダルを獲得。この後、フランス人の女子テニス選手として初めての世界ランキング1位を記録し、2005年は年間最終戦の「WTAツアー選手権」でフランス人の女子テニス選手として初めての優勝を飾りました。
 2006年の全豪オープンで優勝し、モレスモはついに悲願の4大大会初優勝を飾り、グランドスラムを達成しました。GAY JAPAN NEWSによると、モレスモは「グランドスラム優勝まで本当に長い道のりでした。たくさんの人が私のことを信じて待ってくれていました。前回初めてグランドスラム決勝に進んでから7年、本当に長かったです。私自身だけでなく、周りで支えてくれた人たちも私を信じて、落ち込んでいる時も後押ししてくれました。やっと道が開けました、あとは前進するのみです」と喜びを語ったそうです。
 その後のウィンブルドンでもモレスモは初優勝し、4大大会の年間2冠獲得を達成し、フランス人の女子テニス選手としては実に81年ぶりの優勝となりました。この偉業により、2007年、フランスのシラク大統領からレジオンドヌール勲章を授与されました。

 

 現在発売中の『advocate』誌2月号に彼女のインタビューが掲載されています。以下、一部を抜粋してご紹介します。
 まず、カミングアウトの詳しい経緯が説明されていました。1999年の全豪オープンでノーシードから彗星のように登場し、決勝にコマを進めたアメリ・モレスモ選手に対し、マスコミがインタビューした際に、彼女はパートナーを連れていて、堂々とレズビアンであることをカミングアウトしたそうです。それに対する反応はさんざんで、オーストラリアのスポーツ新聞は大騒ぎし、準優勝で負けたリンゼイ・ダヴェンポート選手は「まるで男とテニスしてるみたいだったわ」とコメント、決勝戦で迎え撃つ大会3連覇をめざすベテラン、ヒンギス選手は、モレスモを「半分、男」と言い放ち、パートナーが決勝戦の会場に現れることに不満を漏らしたそうです(ひどい…)。周囲には、シードでもない無名の選手が優勝をかっさらうことに関する冷ややかなムードもあったようです。
 しかし、モレスモはひるみませんでした。彼女はニューヨークタイムズ誌のインタビューで「セクシュアリティを隠すことにエネルギーを使い果たすのはばかげている。メディアに聞かれたら、喜んで答えるつもり。だってそれはまぎれもなく私の生活の一部なんだから」と答えました。「すべての人に支持してもらおうなんて思ってない。私が何者であれ、必ず敵が現れるだろうし」
 モレスモを残酷な目にあわせたカミングアウトはまた、彼女を家族からも遠ざけたそうです。が、2004年に父親が亡くなる前に和解し、今では母親とたびたび旅行するくらい仲がよいそうです。
 今は彼女はリラックスしてきていて「私の態度が周りを安心させると思う。みんな普通に接しているし、冗談を言い合ったりもしている」と語りました。彼女はホモフォビア(同性愛嫌悪症)を終わらせるために自身が果たしている役割についても理解しています。「みんなカミングアウトすべき時を持っているんだと思う。『ゲイなんだって?すごいね』という人がいたとしたら、私はこう言うと思う。『なぜ? すごいとかそういうことじゃないわ。ただゲイなだけ』」
 しかし、彼女は誰とデートしているかについては固く口をつぐんでいます。「その話題については何も言わないことにしてるの、ごめんなさいね」
 セクシュアリティについての周りの熱狂が冷めるにつれて、彼女のテニスでの業績もフェードアウトしていきました。コートではパワフルで美しいストロークを描く彼女も、精神的には脆い部分もあるそうです。実際、2008年には1つもタイトルを取れませんでした。(が、2009年の今、こうやってタイトルを獲得し、見事に復活したことは本当にスゴイですね)
 かつてビリー・ジーン・キングとマルチナ・ナブラチロワがカミングアウトしましたが、モレスモのケースはその二人とは異なっていました。キャリアのスタートの時に自発的にカミングアウトし、それがスポンサーを得るうえでの障害には全くなりませんでした。ただ「静かに自分を主張しただけ」でした。彼女は新しいタイプのオープンリー・ゲイ・プレーヤーなのです。もう1人のカミングアウトした選手、オーストラリアのレネ・スタブスは「スポーツ選手がカミングアウトしたがらないのは、間違いなくスポンサーの問題」と語りました。
 しかし、モレスモの人気は間違いなく何かを意味しています。彼女のテニスのスゴさは誰もが認めるところだし、その率直で愛想のよい態度も、テニス仲間から感心されているのです。以前プロだったTVコメンテーターは「誰かが彼女の悪口を言うのを聞いたことがない」と語り、レネ・スタブスは「彼女はとても洗練されている。ああいう風になりたくないと思う人だって、気付けば彼女のようになっていたりする」
 モレスモはまた、ワイン愛好家としても知られていて、自宅にワインセラーを持っています。「テニスこそわが人生。ずっとテニスに関わっていたい」と言いながらも、将来、モレスモ・レーベルのワインが店頭に並ぶかも?という質問に対し、「そうね、もちろん赤で、ボルドーのフルーティなワインがいいわ」と答えてくれたそうです。
 

 世界的にヒットしたTVドラマシリーズ『Lの世界』には、デイナというテニスプレーヤーが登場します。おそらく誰もがナブラチロワやモレスモを思い浮かべるだろう設定ですが、とてもリアルにレズビアンを描いていると賞されるドラマであるにも関わらず、デイナはカミングアウトする勇気を持たず、公の場にパートナーを同伴できずに彼女を傷つけてしまいます。
 ドラマの方が現実よりも後ろ向き、ということでしょうか? それとも、モレスモのようにカミングアウトして活躍できる選手はほんの一部で、まだまだスポーツ選手はクローゼットから出られないという現実を表現しているのでしょうか? アメリ・モレスモの生き方や活躍があまりにもスーパーで、凡人にはマネできないものなのかもしれません。

 若くしてすでに伝説の域に達しているレズビアンのテニス・プレーヤー、アメリ・モレスモ選手にこれからも注目しましょう。