さてさて、今回は、オーストラリア出身で現在はニューヨークを拠点に活動しているオープンリー・ゲイのアーティスト、スコット・マシュー(Scott Matthew)を紹介したいと思います。
GAY LIFE JAPAN をご覧のみなさんであれば、たとえスコット・マシューの名前を知らなくとも、『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』のジョン・キャメロン・ミッチェル監督が2006年に発表した作品『ショートバス』(日本公開は2007年)をご覧になっているというかたも、多いと思います。
スコット・マシューは、その『ショートバス』の音楽を担当しているアーティストなんですね。劇中でも数曲をパフォーマンスしているので、スコット・マシューの写真を見て、「ああ、この人か!」と思い至る人もいらっしゃるのでは?

(画像提供/Lirico)
『ショートバス』をまだ観たことがないというかたは、これを機に、ぜひぜひ観てみてください。「(性的に)過激」と評されることが多いこの作品ですが、とってもチャーミングな映画です。
☆
さて、スコット・マシューの音楽について語り始める前に、まずは映画『ショートバス』について、ざっと触れさせてください。
『ショートバス』の舞台は、アメリカ同時多発テロ後のニューヨークです。ショートバスという名のサロンに集う男女たち(ゲイもストレートも全く関係ナシ!)が、それぞれのセックス・ライフにおいて抱えている悩みや問題を、優しく温かい視線で描いた物語です。
中国系カナディアンで既婚の恋愛カウンセラー、ソフィアは、他人の恋愛やセックスについてアドバイスをするのが職業なんですが、しかし彼女自身は、実は一度もオーガズムを経験したことがありません。それが彼女の大きな悩み。
そして、そのソフィアにショートバスを紹介したのが、ゲイのカップルのジェイムズとジェイミーです。彼らは、はたから見ると実にお似合いの、理想的なゲイ・カップルです。しかし、ジェイムズはうつ病を抱えており、2人の関係は行き詰まりつつあります。そんな状況を打破するため、彼らはショートバスで知り合ったセスという青年をあいだに挟むようになります(まあ、早い話が3Pを試みるわけですな)。
そして、職業女王様のセヴェリン。彼女は、性的に解放されている人々が集うはずのショートバスにあってさえ、常に孤独を抱えています。
こうした登場人物たちの悩みは、どれも大なり小なり、セックスに関わるものです。当然、それを映像化した場合には、R‐18指定の、性的に過激な作品ができあがります。
が、しかし。
セックスとは、人と人との関係が先ずあって、そこで初めて成り立つものです(たとえそれが一過性のものであってもね)。
ということは。
映画『ショートバス』の登場人物たちがかかえている、セックスについての悩みというのは、快楽そのものについての悩みでは、決して、ないんですね。
セックスの悩みとは、あくまでも「現象」として表に出たものでしかない。そうではなく、彼らの悩みの本質とは、あくまでも「人と人との関係」にまつわるものなんです。
人と人とのより良き関係性を築いていくには、いったいどうしたらいいか。『ショートバス』の登場人物たちは、それについて悩み、苦しんでいるんですね。
自己の快楽を追及せんがために悩んでいるんじゃないんです。
はたして自分は、愛する人と、心も体も一つになれる自分であるのだろうかという、自分への猜疑。
相手よりも自分のほうがもっともっと傷ついているにもかかわらず、彼らは自分を責め、さらに傷口を拡げてしまっている人々なんです。
優しいがゆえに傷つき、その優しさゆえに、ますます自分を追い詰めてしまっている。
そんな人々が、夜な夜なショートバスには集まってきます。
☆
で。
なんでこんなにも長々と、映画『ショートバス』について語ってきたのかというと。
今回紹介するアーティスト、スコット・マシューの音楽は、映画『ショートバス』の優しい精神と手触りを、そのまま音にして具現している音楽だからです。
『ショートバス』のテーマ曲として使われている「In The End」は、劇中ではショートバスの主人役を演じたジャスティン・ボンドによって歌われています。しかし、サントラ盤にはスコットのヴォーカルによるヴァージョンも収録されています。それ以外にも「Upside Down」「Surgery」など、スコット自身による挿入歌も、サントラ盤には収録されていました。
そして、来たる9月12日、この日本でも、インディー・レーベルの Lirico さんから、そのスコット・マシューの初めてのフル・アルバム『Scott Matthew』が発売されることとなりましたー!

(画像提供/Lirico)
あのね、みなさん。これって、ちょっとスゴいことなんですよ?
だってね、アメリカを拠点として活動しているオープンリー・ゲイのアーティストって、そのほとんどが、インディー・レーベル所属なんですよ。だから、ここ日本でもその作品がリリースされているというケースは、ものすごーく稀なんです。
だからこそ、そうした理由もあって、今回『Scott Matthew』をリリースしてくれる Lirico さんには、私は大いに感謝してるんです。
そのアルバム、『Scott Matthew』には、彼が映画『ショートバス』に提供した楽曲群も、全てニュー・ヴァージョンで収録されています!
今回、Lirico さんのご好意で、この『Scott Matthew』を、みなさんよりも一足先に聴かせていただいたんですが、『ショートバス』のファンの人であれば既にお馴染みとなっているであろう、あのメロディやこのメロディが、装いも新たに奏でられています。
必聴です!
ジャスティン・ボンド・ヴァージョンの「In The End」は、劇中人物(と観客)の心の傷を癒す優しさに満ちていながらも、それぞれの人物たちのドラマを一つに集約し、そこにしかるべき着地点を与えるのにふさわしい荘厳さを備えています。しかも、最後にはキャムピィでアッパーな盛り上がりも見せるという、正しい意味でのカタルシス効果を有した、実に劇伴らしいアレンジメントとなっています。
一方、今回のアルバムでのアレンジメントは、そうした劇伴的なゴージャスさは排されています。それゆえに、1曲1曲は小品といった感じの仕上がりになってはいるんですが、だからこそというか、より一層、パーソナルな親密さを感じさせてくれるサウンドとなっています。
まるで、スコット・マシュー本人が、リスナーのすぐ傍らで、そのリスナーのためだけに歌ってくれているような。
『Scott Matthew』というアルバムは、その音楽がリスナーを直接癒してくれるというよりは、癒しの光明がいつかリスナーの心に届くそのときまで、いつまでも温かく、傍らにピタリと寄り添っていてくれるような、そんな優しさと親密さに溢れたアルバムです。
たぶん、スコット・マシューはリスナーと同じ傷を抱えています。
彼は、傷ついた者です。きっと。
だからこそ、彼の音楽は、優しい。
傷ついているがゆえの優しさが、このアルバムと彼の音楽には、溢れています。
今回、『Scott Matthew』の日本でのリリースにあたっては、次のようなキャッチがつけられています。
「悲しみを決して失いたくない人たちに永遠に愛される唄」
――このキャッチは、まさにその通りだと思います。
「悲しみを決して失いたくない」というのは、「いつまでも被害者のままでありたい」ということとは、決してイコールなんかではありません。
人に優しくあるためにこそ、自分が経験した痛みを、いつまでも忘れないようにしよう。
なぜならば、自分が経験した痛みを、決して他の人には与えないために。
……それが、スコット・マシューの音楽なんです。
そして。
映画『ショートバス』が、アメリカ同時多発テロを直接のモチーフとはしていないにもかかわらず、これが9.11後の物語であるということを画面上でもプロモーション上でも強調している理由は、たぶんこれと同じです。
大勢の人たちが、事実上の本土攻撃である同時多発テロの犠牲となった。その傷は簡単に癒せるものではないけれども、だからといって「目には目を、刃には刃を」という態度で他者と向き合うのでは、同じ悲しみを世界に拡げていくだけです。
そうではなく、たとえその傷によって苦しむことがあったとしても、それとどうにか共存し、生き延びていく。
それによって、人は人と、繋がっていく。
痛みを知っている者こそが、他者に優しくなれる。
唯一の被爆国である日本が、原爆の恐ろしさを決して風化させてはいけないのと、これは同じことなんです。
そんな映画『ショートバス』のテーマ曲を美しく綴り上げた、スコット・マシュー。
彼は、9.11後の世界が優しくあるようにと願い、歌う、そんなオープンリー・ゲイのアーティストなんです。
『Scott Matthew』の日本発売は、9月12日。
このコラムに最後までお付き合いくださったみなさんは、ぜひこのアルバムを手にして、彼の優しさに触れてください。お願いします。
(ああ、今回も、お気楽さからはかけ離れた内容となってしまった......。orz)
Lirico公式サイト
http://www.inpartmaint.com/lirico/