1998年10月、アメリカのワイオミング州ララミーで、当時21歳だったゲイの大学生マシュー・シェパードさんが、ヘイトクライムの犠牲となって殺されました。全米に大きな衝撃を与えたこの事件は、日本のゲイ・メディアでも大きく報じられたので、現在でもご記憶のかたは大勢いらっしゃることと思います。(一方、日本のマスメディアのほとんどは、残念ながらこの事件を大きく取り上げることはしませんでした。)
事件の後、たくさんのLGBTアーティストたちが、マシューさんの死を悼み、彼に捧げる歌を書き下ろしました。アメリカのLGBTミュージックの総合サイト Queer Music Heritage では、それらの楽曲の特集が組まれています。
Songs for Matthew Sheperd http://www.queermusicheritage.us/matthew.html
この特集記事で紹介されているアーティストの多くは、日本での販売網を持たないインディー・レーベルの所属なので、ほとんどが日本では無名ですが、中にはエルトン・ジョンやメリッサ・エスリッジ、ジャニス・イアンなど、世界的に有名なLGBTアーティストも含まれています。
この日本でも、ゲイ・バッシングによる殺人事件は起きています。2000年2月、東京の新木場公園で、当時33歳だったゲイ男性が、ゲイ・バッシングの犠牲となって殺されました。この事件では中学生と高校生の少年を含む3人が逮捕されましたが、それよりも前の1999年から、既にこの3人は新木場公園に集まってくるゲイをターゲットにして暴行・脅迫を常習的に繰り返していたことが、その後の調べで判りました。逮捕された3人以外にも、実に二十数名ほどの少年たちが、それらの暴力に関与していたとされています。
マシュー・シェパードさん殺害事件を題材とする曲がアメリカのLGBTミュージック・シーンにはあるように、日本のゲイ・インディーズ・シーンには、この新木場公園事件を題材とした曲がいくつかあります。北海道を拠点とするダンス・ミュージック・ユニット、ROD のメンバーである NAOHIRO さんのソロ・シングル「ヨゴレタハナビラ」や、このゲイミュージックワールドでも何度か既に紹介させていただいている大吾さんの代表曲の1つ「PSYCHOPHOR ~心搬体~」などが、それに当たります。
マシュー・シェパードさんが殺害されてから、10年という時間が経ちました。彼の名前を知らない若い世代のゲイのかたがたも増えてきたことと思います。 しかし、今でもヘイトクライムはなくなっていません。
さて、今回紹介する曲も、アンチ・ゲイ・バッシングをテーマとしています。
アメリカのレズビアン・ヒップホップ・ラッパー、メランジュ・ラヴォンヌ(Melange Lavonne)が昨年リリースしたデビュー・アルバム『The Movement』のオープニング・ナンバー、「Gay Bash」です。 ここ日本でも、ヒップホップはすっかりポピュラーなジャンルとなりました。しかし、それでもやはり苦手だというかたも多いと思います。特に洋楽のヒップホップ・ラップを聴く場合、そこにはメロディらしいメロディがないうえに、英会話に長けた人でなければ英語のラップの内容を一聴しただけですぐに理解することは難しく、リズムだけがただ漫然と刻まれているようにしか聴こえないかもしれません。というか、実は私がそのクチなんですが。
しかし、メランジュ・ラヴォンヌの「Gay Bash」は、たとえ英語が苦手な人であっても、そのあまりにも美しく、そして物哀しいバックトラックの旋律が、強く心に響くのではないかと思います。私がこの曲を初めて聴いたのはネットラジオだったのですが、たった一度聴いただけで、その印象的なバックトラックのリフレインが耳から離れなくなりました。
「Gay Bash」の中で歌われているのは、ヘイトクライムの犠牲となって殺された、ケヴィンというゲイの青年の物語です。このケヴィンという青年は、実在の人物ではありません。しかし、ここで歌われている物語自体は決して絵空事などではないのです。今も世界のどこかで起きているかもしれない、非常に現実味のある物語なのです。
ヴィデオ・クリップも、そうした歌詞の内容に沿った、ストーリー性の強いものとなっています。このヴィデオ・クリップを観るたびに、私の頬を涙が幾筋も流れ落ちていきます。 メランジュ・ラヴォンヌの「Gay Bash」、聴いてください。
メランジュ・ラヴォンヌの MySpace を覗いてみると、試聴用サンプルの楽曲群のタイトルは、この「Gay Bash」の他には「Gay Marriage」や「Gay Parenting」など、同性愛を取り巻くさまざまな問題を取り扱った、非常に政治的なものが目立ちます。
メランジュ・ラヴォンヌに限らず、LGBTであることをオープンにして活動しているヒップホップ・アーティストたちの多くは、政治色を強く打ち出しています。そこには、「ヒップホップはホモフォビックな音楽である」という世間の思い込みを打ち崩そうとする意志も込められているのです。
世界的に有名なヒップホップ・アーティストが同性愛嫌悪を公言して憚らないという例は、確かにいくつもあります。日本でも2002年、同性愛者を蔑視した歌詞が含まれているとして、キングギドラのシングルが発売停止になるという騒動がありました。
しかし一方で、ヒップホップをこよなく愛しているLGBTも大勢いるのです。そうした人々からしてみれば、「ヒップホップ=ホモフォビック」という考え方は、これもまたひとつの「偏見」に他なりません。
だからこそ、アメリカやイギリスのLGBTヒップホップ・アーティストたちは、ことさらに強く、自分たちがLGBTであることを前面に出しています。そうすることによって彼らはLGBTへの差別や偏見に立ち向かうと共に、彼らが愛してやまないヒップホップへの偏見とも闘っているのです。
こうした闘争的な一面だけではなく、現在アメリカのLGBT向けケーブルTV局 LOGO でオンエアされているメランジュのニュー・ヴィデオ・クリップ「I've Got You」は、同性愛のカップルでも子どもを儲けて幸せな家庭を築くことはできるのだということをラップに載せて謳い上げた、のどかな雰囲気のハッピーな楽曲です。
このヴィデオ・クリップに登場している数組のレズビアン・カップルとその子どもたちは、役者が演じた架空のファミリーではなく、いずれも本物のレズビアン・ファミリーです。
「Gay Bash」と「I've Got You」、この2曲を気に入ってくださったかたがいらっしゃいましたら、ぜひメランジュのデビュー・アルバム『The Movement』も聴いてみてください。日本国内でのCDの取り扱いは今のところは残念ながらありませんが、かわりに iTunes Store で手軽に購入できます!
iTunes Store の『The Movement』購入ページはこちらからどうぞ!
メランジュ・ラヴォンヌ公式サイト
http://www.melangelavonne.com/
メランジュ・ラヴォンヌ MySpace
http://www.myspace.com/melangelavonne