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Special

「ゲイミュージックワールド」第6回 ブレット・エヴリー

ゲイミュージックを愛してやまない藤嶋貴樹さんによる本格連載「ゲイミュージックワールド」です。

「QUEER MUSIC EXPERIENCE」を世界に発信しつづけ、ゲイミュージックを愛してやまない藤嶋貴樹さん。ゲイインディーズを含め、世界のゲイのミュージシャンについて語る連載「ゲイミュージックワールド」をお送りします。

第6回 ブレット・エヴリー『Camping Out』

ゲイであることを直接のテーマとしたポピュラー音楽は、どうしても政治的なイメージを持たれがちです。実際、前回のゲイミュージックワールドで紹介したメランジュ・ラヴォンヌなども、同性愛差別反対やLGBTの権利拡大など、まさに政治的なテーマを扱っているアーティストなので、そうしたイメージもあながち間違いではないのですが、だからといって、ゲイであることをテーマに歌っているゲイのアーティストたちのすべてが政治的であるとは限りません。

今回紹介するブレット・エヴリーも、やはりゲイであることをテーマに歌っています。しかし、政治的な要素はそれほど強くはありません。

ブレット・エヴリーが昨年リリースしたデビュー・アルバム『Camping Out』は、「ゲイの恋愛」をテーマとしています。つまり、全篇がゲイのラヴ・ソングなんですね。そこで歌われているのは政治的主張ではなく、男と男のあいだに交わされる、切ない恋模様です。

アルバム・ジャケットには、男物のスーツが2着、手をつないでいるように配置されたイラストがあしらわれています。非常に直截的でありつつも、エロティックであるよりはむしろ微笑ましい雰囲気の、非常に秀逸なデザインです。

ブレット・エヴリーはオーストラリアのシドニー出身。同国出身のLGBTアーティストといえば、昨年イギリスで大ブレイクを果たしたサム・スパローがいます。メジャー・レーベルに所属のサム・スパローに対して、ブレット・エヴリーは完全にインディペンデントのアーティストなんですが、既にアメリカのゲイ・メディアでは、オーストラリアが生んだ新進ゲイ・アーティストの双璧として、ブレットはサム・スパローと比較されたりもしています。

とはいえ、ブレットとサム・スパローの共通項は出身国が同じというだけで、その音楽性は全く異なっています。

サム・スパローは最新モードのダンス・テクノですが、一方のブレット・エヴリーは、ジャズやブルース、あるいはトーチ・ソングといった、古き良きアメリカという言葉の似合う、オールド・タイムな音楽が特徴です。そして、それを歌う彼の声も、レナード・コーエンを彷彿とさせる、苦みばしった、渋みのある声です。声を聴いただけでは、顔に深いしわの刻み込まれた熟年男性が歌っているところを想像してしまいそうですが、実際のブレット・エヴリーは、良い意味でどこにでもいそうな、30歳の白人青年です。私が初めてブレットの歌声を聴いたときには、その容姿と声のギャップの大きさに、少なからず驚かされました。

先述したように、『Camping Out』の全10曲は、いずれも「ゲイの恋愛」をテーマにしたものばかり。2曲目の「How Still The Night」や8曲目の「'Til The Eyes Adjust」は男女間のラヴ・ソングとしても聴けますが、それ以外のほとんどの楽曲は、それが男と男のラヴ・ロマンスであることがはっきりと伺われます。

オープニング曲は「Sailor」。寄港地の酒場でたまたまめぐり合った水兵との、一夜限りの恋を描いた、哀しいけれども優しい余韻が胸に残る、ムードあふれるジャズ・ナンバーです。

4曲目のタイトル・トラック「Camping Out」は、キャンプファイヤーの傍らで抱き合って暖を取りながら夜を過ごす2人の青年の姿を描いた、カントリー調のスロー・ナンバーです。この曲の光景は、まさに映画『ブロークバック・マウンテン』のイニスとジャックそのものですが、実は必ずしも『ブロークバック・マウンテン』にインスパイアされて書いたわけではないそうです。アメリカのゲイ向けポータル・サイト Gay.com の音楽ブログに掲載されているブレットのインタヴューで、ブレットは「Camping Out」について次のように述べています。

「決まり文句に聞こえるだろうけど、僕は『ブロークバック・マウンテン』がものすごく大好きなんだ。好きにならないでいるほうがよっぽど難しいくらい。だけど『Camping Out』を書いたのは、映画の公開の2ヶ月前なんだ。原作本も読んでなかったしね。だから、映画に影響されて書いた曲ではないんだけど、歌う励みの1つにはなってたね。星空のもと、2人の青年がキャンプファイヤーの傍らで温め合っているというコンセプトは、僕には美しいものに思えたし、しかるべきところに収まっている手応えもあった。あの映画を連想する人が大勢いるものだから、たぶん他にもああしたシチュエーションの歌を聴きたがっている人がいるんだろうなって思うようになって、駆り立てられるようにして歌に磨きをかけたよ。」

この「Camping Out」や「Sailor」のように、ブレット・エヴリーの歌詞の世界は、どれも非常に映像的です。2人の男性の恋愛ドラマの、ある一場面を絵画的に切り取ってくることによって、その2人のあいだに流れている「空気」を、ブレット・エヴリーは実に巧みに、音楽という形で表出しているんですね。

その「空気」とは、たとえば「Camping Out」の場合であれば、凍てついた山の静謐の中でただ1つ確かに感じる、相手の肌の「温かさ」であったり、「Sailor」の場合であれば、再び会えるかどうかもわからない相手なのに魅かれずにはいられない「愛おしさ」であったり、あるいはあてのない再会の約束であってもそこに一縷の望みを託さずにはいられない「切なさ」であったり。

6曲目の「Devereaux」も、音楽によって「空気」を描くブレットの手腕が如何なく発揮されている点で、特筆すべき楽曲です。仕事で遅くなった「彼」の帰宅を待つあいだの、これといって何もすることがない、つれづれな様子を描いた曲なんですが、その「何もしていない場面」にこそ、「彼」の不在という「寂しさ」が、それこそ空気のように、気だるいジャズにのって漂っています。

しかし、そうした「寂しさ」も、「彼」が仕事を終えて帰宅すればたちまちに「愛おしさ」へと転化されるわけで、ブレット・エヴリーの楽曲が醸し出している「空気」とは、たとえそれらが「寂しさ」とか「切なさ」といったつらい感情であったにしても、その背後には常に、穏やかな希望と幸福が、まさに「空気」のように息づいています。「Sailor」で描かれている「切なさ」の中にも、いつかは訪れるかもしれない再会へのささやかな希望が込められているように、ブレットの楽曲には「恋をすることそれ自体への穏やかな幸福感」が、常に漂っています。つまり、ブレット・エヴリーの音楽とは、「恋をすることそれ自体への讃歌」、なんですね。

幸せな恋愛をしているときには、その幸せな気分をじっくり味わうために、あえて1人きりになりたいときがあると思うんです。ていうか、少なくとも私にはあるんです(あるいは「あった」と言うべきか:笑)。1人きりの部屋で、いま自分は恋をしているんだという幸福感に、緩やかに、穏やかに浸りたい。そんなときに、ブレット・エヴリーの『Camping Out』は、実に最適のBGMです。気だるいジャズやブルースのリズムが、舞い上がった気分を適度にクールダウンさせてくれつつ、恋をしていることそれ自体の幸福感に、ゆったりと身を委ねさせてくれる。そんな音楽です。

YouTube では、ブレットのライヴ動画が公開されています。ここで歌われている「Prince Charming」は『Camping Out』には未収録なんですが、ブレット・エヴリーの音楽の雰囲気を、ここで少しだけ味わってみてください。

ちなみに、『Camping Out』の全10曲のうち、2曲はカヴァー・ソングです。アルバムの3曲目、「He Was Too Good To Me」は、1920年代から30年代にかけてのジャズ・エイジのブロードウェイ・ミュージカルを代表するソングライター・チーム、ロジャーズ&ハートの作品です。彼らの代表作として有名なのは、なんといっても「My Funny Valentine」。そして、この「He Was Too Good To Me」もジャズ・スタンダード・ナンバーとして非常に有名です。このナンバーを男性シンガーが歌う場合には、これまでは「He」が「She」に置き換えられるのが通例だったんですが、オープンリー・ゲイのアーティストであるブレットが歌うこのヴァージョンでは、もちろんオリジナルのままで歌われています。そして、この曲を作詞したロレンツ・ハートもまた、ゲイであったということが今日ではよく知られています。

ロレンツ・ハートが生きた20世紀前半という時代にあっては、同性愛は社会的に禁忌でした。自身の同性愛にハートは悩み、そして苦しみました。やがてアルコール依存症となり、ロジャーズとのゴールデン・コンビも1943年に解消。その同じ年、ハートは失意のうちに、肺炎で亡くなっています。

ブレットのもう1つのカヴァー・ソングは、9曲目の「Dear John」。オリジナルを歌っているのはシンディ・ローパー。1993年の4th アルバム『ハット・フル・オブ・スターズ』の収録曲です。シンディ・ローパーといえば、ゲイ・フレンドリーなアーティストとしても有名です。全世界のゲイ・ピープルから愛されている、ポップス史上最高の歌姫の1人です。代表曲である1986年の全米 No.1ヒット「True Colors」はゲイ・アンセムとしても有名ですが、「Dear John」もまた、「True Colors」と同様のテーマを歌い上げた、隠れた名曲です。

「あなたは他のみんなと違うかもしれない、でもそれが何だっていうの?」 「他人から借りてきた言葉で、自分自身を定義することなんてできないわ」 「ジョン、あなたは、自分がなりたいと思う自分になれるのよ」

ありのままのあなたでいても構わないーーシンディからの、そんな温かいメッセージが込められた「Dear John」を、今回ブレット・エヴリーは取り上げています。シンディのファンのかたは、シンディのオリジナルとブレットのカヴァー・ヴァージョンを聴き比べてみるのも面白いかもしれません。ちなみに私はどちらも大好きです。

というわけで、紹介してまいりましたブレット・エヴリーのデビュー・アルバム『Camping Out』。残念ながら国内盤の発売は今のところはありませんが、前回紹介したメランジュ・ラヴォンヌ同様、やはり iTunes Strore で手軽に購入できます! iTunes Store の『Camping Out』購入ページはこちらからどうぞ!

ブレット・エヴリー公式サイト http://www.brettevery.com/
ブレット・エヴリー MySpace http://www.myspace.com/brettevery